麒麟がくる「斎藤道三」

  • 2020年1月30日
  • 2020年5月10日
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麒麟が・・

麒麟が・・

麒麟が・・

来ない。

早速主人公に題名を否定された「麒麟が来る」ですが、いや〜久しぶりにめちゃめちゃハマってます。もうワクワクが止まらないぜ。そんな感じなのです。まだ2話終わっただけなので、観ていない方追いついて来て欲しい。そして「麒麟がくる」について語り合いたい。そう思うのであります。

本木雅弘さんの斎藤道三怖すぎる。

まだ2話が終わっただけですが、個人的に斎藤道三役の本木雅弘さんがかなりいい味を出しています。もう不気味なぐらいええ感じなのです。なんか怖いのよって感じなのです。

それでは本日の主役、斎藤道三の経歴を振り返っていきます。

下克上大名「美濃の蝮」

生誕:明応3年(1494年)
死没:弘治2年(1556年5月28日)
*下克上大名の典型、名も無い境遇から僧侶、油商人を経てついに戦国大名にまで成り上がった人物とされる。道三は美濃の戦国領主として天文23年(1554年)まで君臨した後、家督を義龍へ譲ったがほどなくして、義龍と義絶し、弘治2年(1556年)4月長良川で義龍軍に破れ、討ち死にした。

戦国大名のほとんどが、代々戦国大名の血筋です。息子が継ぎ、そのまた息子が継ぐのが戦国の世。まだ戦国時代初期に、関係の無い所から、立身出世を果たし、大名になる。まさに下克上をすることは並大抵ではなかったかと思います。その道のりを辿っていきたいと思います。

下克上までの道のり

道三は11歳で京都の妙覚寺に入って「法蓮房」を称していたされますが、結局還俗。油売りに従事しながら、行商の旅に出ていました。ある日美濃でかつての弟弟子の・日護房に再開、彼の紹介で美濃の守護・土岐氏の家老である長井長弘へ仕える様になりました。

土岐氏では、その後家督争いが勃発します。土岐政頼VS土岐頼芸。政頼が勝ち、美濃の守護の座をゲット。しかし道三はその時、負けた頼芸に可愛がられていました。

このままでは下克上は成立しません。大永7年(1527年)挙兵し、政頼に夜襲をかけて美濃から追い出します。政頼は命からがら、越前・浅倉家の元へ落ち延びました。

そして、道三の目論見通り、土岐頼芸が守護の座に就き一件落着した様に見えました。が、道三の下克上作戦まだ終わりでは無いのです。現在長井長弘に仕える身分ですので、成り上がりたくても蓋がされている状態です。成り上がることができないのです。考えた道三「恩ある長井長弘に消し去るなんて、恩を仇で返す様なこと、私できまへん・・。」なんて考えたら蝮(マムシ)なんぞ恐ろしい名前を付けらるはずが無いのであります。

かくして享禄3年(1530年)正月、道三は政務怠慢などを理由に長井長弘夫妻を殺害し、同家を乗っ取ってしまいました。その後守護代の斎藤利隆が亡くなると、道三がその名跡を継いで斎藤と名乗る様になるのです。下克上完了という訳です。

俺も俺も下克上したいぜーーーーーっ!!

って今回のメインは、本木さんなのであります。

本木雅弘が凄い。

今回斎藤道三役なのであります。本木さんの作品を何作か観たのですが、演技力すごいな〜と何度も思わされました。個人的には「坂の上の雲」「おくりびと」「永い言い訳」あたりの作品がめちゃんこ凄く感じたのであります。

先日の2話の後も、「伊右衛門からのおくりびと」とtwitterが盛り上がっていました。圧倒的な雰囲気を出すことができる数少ない日本の俳優だと思います。

これ毒入ってます〜飲んでる間、歌っておられます・・・。怖す・・・。今後、史実通りにいきますと、息子義龍に戦で負けて死んでしまうのですが・・。本木さんが出られる限り、私も追いかけていきたいなと思っています。

主人公の長谷川さんも光秀役で素晴らしいのですが、やはり本木さんが最高だと思います。

あと、出て来て速攻でおくりびとされますので、一瞬の出演でしたが土岐頼純役の矢野聖人さんも素晴らしい演技でした。矢野さんの壮絶な演技は多く視聴者に爪痕を残したことでしょう。

もう本当に固唾を飲むとはこのことです。ピーーーーンとした緊張感に包まれたシーンでした。

何を言いたいのか。

「麒麟がくる」を観た方が良い!絶対観た方が良い!! 以上。

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ではまた!

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